『黒澤映画ゼミナール』〜黒澤明的リーダーの条件〜

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zoom RSS 追悼 市川崑監督『犬神家の一族』リメイクは、舞台の再演といった印象で有意義だった?

<<   作成日時 : 2007/12/13 03:43   >>

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映像構成の同一点以上に、主演の石坂浩二さんの演技や風貌が旧作と全く変わらなかった事に驚き、とても共感を持った。トータルではやはり旧作の方がテンポ良くて緊張感があり、格が一段も二段も上だったが、この実験は映画製作を学ぶ上で有効な方法だったな、と解釈した。
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演劇の場合、同じ脚本で同じ演出家がキャストを代えて再演する事は珍しくない。しかし映画でこれをやった例はそんなに多くない。『伊豆の踊り子』『潮騒』『青い山脈』『姿三四郎』が何度も映画化されたこと以外めったにやらない事だった。まして同じ監督が30年ぶりに自作、それも代表作をリメイクしたことが注目を集めた2006年版『犬神家の一族』だったわけだが、実は市川監督は20年前に『ビルマの竪琴』で今回と同じ試みにチャレンジしていた。旧作で三国連太郎さんが演じた隊長の役を、リメイク版では石坂浩二さんが演じていた中井貴一さん主演の大作だった。

東京藝術大学に映像学科が出来て2年が過ぎたと聞く。大学内部の映画芸術に対する評価が高まって生まれたのかというとそうではなく、「何故映像学科がないのか?」と海外からの声が多く寄せられて、とりあえず設立したというのが本当らしい。そのせいか、その学科の教育目標は日本映画改革の人材育成にあるのではなく、即世界に通用する映画監督排出にあるようで、個人的にはかなり違和感のあるカリキュラムになっていた。「世界一フィルムを回させる映像学科」を総務担当者は自慢していたからだ。

「兎に角、作品を作りながら実践教育させていく」
一見素晴らしい環境に思える、耳障りの良い見解である。
「監督だけ学生で、スタッフはプロを使う計画もある」という。
あれ?プロの世界で求められている人材が、そんな温室栽培で育つのかな?と感じた。そんな学生監督の演出に心から従って良い仕事をするスタッフを集めるのは至難の業。製作費を無駄に使われて、製作部のずさんな見積もりを見抜けず予算オーバーで終わるのは目に見えている。
かつて角川映画第1作として旧『犬神家の一族』は東宝主導で製作され使途不明金の領収書が山の様に出てきて角川春樹さんが激怒、第2作の『人間の証明』からは自社製作に切り替えた。あの時代の習慣が今も残っている忘れないでいただきたい。監督がしっかりコントロールしないと、予算はあっという間に底をつくのである。フリーの製作部は無駄なところでいくらでも水増し請求する癖がついているものだ。
「本当に悪い奴は、とんでもないとこtろにいる。危ない危ない」(椿三十郎)、だ。

「過去の映画製作のノーハウを壊してこそ映画作家だ」という北野武監督の講義を盲信した結果出てきた発想のようだが、ピカソだって完璧なデッサン力があって初めて最終的な個性を見出した芸術家だったのだ。映画作家もまた同様の行程で個性を発揮すると私は感じている。つまり・・・

映画というのは110年以上、エジソンのキネト・スコープ発明から120年以上の歴史を持つ産業であり芸術だ。その間、新しいとされた撮影技法が、ことごとく前の世代の焼き直しから生まれ成長してきた分野だ。新しいとされた北野映画も、大島渚監督やヌーベルバーグ系の作品、はたまた溝口健二監督や、小津安二郎監督や黒澤明監督の作品で開発された技法と酷似している部分が多い。ただ、ご本人の意識に過去の映画が無いだけで、「過去の技法の破壊から始めよう」などという解説がもっともらしく聞こえただけなのだ。
万有引力はニュートンが発見しているのに、その歴史を知らない科学者気取りの若者が自分の新発見だと勘違いして語っているに等しい事を、東京芸術大学は気づいていないのだ。

北野武作品は確かに海外で高い評価を受けている。全く新しい映画技法だとご本人は自負している。だが、本当にそだろうか?アクションシーンの極端な省略から生まれる4駒漫画的なシーンの構成、そんなシーンを断片的に寄せ集めて話をすすめ、細い一本の糸でストーリーをくくって最終的には長編としての体を成し完成する、そんな手法も既にサイレント映画時代に
量産されていたことを武さんは自覚していないだけなのではないだろうか?

映画のスクリーンは初めからこんなに大きくは無かった。初めは今のWEB動画と同じ大きさののぞき窓で始まって、100インチテレビ以下の大きさでリュミエール兄弟の手で大衆の前で初公開され、ハリウッドで大きくなり、2台、3台のカメラで横に大きく投影され、やがてシネラマやシネスコ、70mm5p映画の登場で巨大化し、70mm15pサイズのアイマックスシアターで最大を極めた歴史がある。そのスクリーンが大きくなるたびに、音が付いて、色がつけられる新技術が生まれるたびに映画は新しく生まれ変わったと勘違いされてきた。変ったのは投影方法だけだったのに、作品の作り方まで新しくしないといけないとパイオニアを自称する映画監督(ハリウッドではプロデューサー)が必ず登場してきた。映画の父と呼ばれたグリフィスの時代に、またそれ以前のメリエスやアベル・ガンスの時代に完成された画面構成、ドラマ手法、編集技術であったのにそれを知らずに新しい技法だと勘違いしながら歴史を繰り返していただけなのに・・・。

破壊ではなく、模倣・継承の上に新しい映画は生まれる。助監督経験や旧作を分析・研究した知識や経験の上に、真の新しさ、オリジナルは生まれる。黒澤監督の映画はそんな土台の上に新しさを獲得し誕生してきた。

岩井俊二監督も『市川崑物語』というビデオドキュメンタリーの中で述べている。
市川監督との対談時の感想として、「(今僕は、)僕のオリジナル(と会っている)」と。

過去の秀作の脚本を使って、学生にその映画の一部リメイクを作らせる。その後に、オリジナル作品を演出させる。これが短期間で、即戦力になる映画監督を邦画業界に排出する最も有効なカリキュラムだと思うのだが、そんな講義をする方は映像大学講師の中にはいないようだ。彼ら自身が、そんな学習の上に映画監督の位置に上った方たちではないからだろう。

学生時代に8ミリ映画を作ってコンテストで入賞し、それがアンチハリウッド映画的だから個性的だと評されて、才能があると持ち上げられて監督をまかされて、海外のアンチハリウッド作家を過度に評価する審査員に気に入られて賞を得て、借金をしながら興行成績度外視の作品を作り続ける自称映画作家先生たちだからではなかろうか?

『犬神家の一族』のリメイクは旧作と違いワイドサイズで製作された。それなのに、画面上の人物の配置はスタンダードサイズの中におさまっていて左右に広がった効果が得られなかった、という印象を受けた。
何故なんだ?かつてシネスコ画面の左右に人物を配置して『おとうと』や『ぼんち』など数々のシネスコ画面作品を自由自在に操っていた市川崑監督であったのに、2006年版『犬神家の一族』はそうはなっていなかった。意識的にそうしたのか?何か他の事情がそうさせたのか?現場に持ち込まれたカメラモニターのせい?旧作のDVDを見ながら構図を決めたから人物の距離を旧作スタンダード作品と同じにして、スクリーン上の配置の変更には無関心だったからか?

いずれにしても、新旧『犬神家の一族』は、映画学習の教材として最も有効な存在になったと思う。

同様に、その製作過程を克明に記録した『乱』のリメイク実習は、有能な人材を短期間で育てる上で最も有効な講座になると丑四五郎は思うのだが・・・。

さて、東京藝術大学の講師陣は、この提案の真意を理解されるか否か?興味深い。


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mini review 07083「市川崑物語」★★★★★★★★☆☆
『スワロウテイル』『花とアリス』などの岩井俊二監督が名匠・市川崑監督の半生を描いたドキュメンタリー。市川監督が自身の同名作品をリメイクした『犬神家の一族』の公開を記念して製作された本作は、市川監督から多大なる影響を受けたという岩井監督ならではの視点で、市川監督の幼少期から現在までの半生をつづる。貴重な発掘映像も多く披露され、映画監督が映画監督の半生に肉迫した、異色のドキュメンタリー映画としても見逃せない。[もっと詳しく] ...続きを見る
サーカスな日々
2007/12/17 12:23

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
日本からの個性的、男性的な映画の企画には絶望的です。
最近の邦画はわざわざ映画にする必要が無い。
一過性のビデオで充分なのでは!
また、俳優に演技力が無い!
金太郎飴のようだ!キャラクターだけか?
演技をしているのか?疑問有り!
この状況では、黒澤明を越える監督が輩出しないし、いまさら、リメークは出来もヒドイ!
obaken 1
2007/12/13 04:56
TBありがとう。
>「兎に角、作品を作りながら実践教育させていく」
馬鹿じゃないの、東京芸大ですね。まぜ、生徒には、人間観察でもさせなさい。あるいは、ひたすら日本映画の過去の作品を見せなさい、といいたいですね。
kimion20002000
URL
2007/12/19 01:40
>kimion20002000さん全くその通りなんですが、予算を毎年使い切らないとダメなのか?企画書で支援者を探して脚本段階で予算枠を考えながらリライトして現場で工夫して効率良く現場を進めて、それでも個性を出せる力が監督には必要なんですが。守られた空間で我がままに作るのが芸術映画だとでも思ってるんでしょうかね?卒業生が生き抜けるのか今後に期待します。
丑四五郎
URL
2007/12/21 01:42

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