中国と韓国の反日教育の手本は戦前の日本学校?『天皇と朝鮮人と総督府』金一勉著(P197~199)

日本は戦争の狂気に乗じて、一気に朝鮮民族の気魂を奪いにかかった。まず学校名を日本風に改名した。

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朝鮮では、教育令が一次から二次へとつぎつぎに改められ、皇民化へと締め付けて行く。

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すでに学校とは名のみで、皇民化の道場と化し、授業の大半は勤労奉仕にあてられた。梨花女子専門学校の生徒は、慰問袋つくり、軍服の裁縫、兵隊の内衣洗濯などに回された。すべての女学校が同じであった。男の学校では、小学から大学にいたるまで、廃品回収、防空訓練、木剣術など軍事教練が行われた。
この時期、勤労動員と軍事教練に明け暮れた学校からは、ほとんどの朝鮮人教員が職を奪われ、事務系の朝鮮人まで追放された。
学校でもっとも威張りちらしたのは、軍事教練の配属将校と皇道修練所の称宣(ねぎ)=神主であった。神主の方は暴力は抜きであったが、「すめらみこと」を教えた。その言葉使いはやさしいが、「たかむすび」に始まる「やおよろずの神々」の名を暗誦せよと要求した。

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一方、軍事教練は横暴そのもので、「神州不滅」の信念を朝鮮人生徒に叩きこむために暴力に終始した。どこの学校でも「臣民教育」を強いるために神主と軍事教練は一つのセットになっていた。

歴史教科書の記述

戦争以来、誰の耳にもタコができるほど聞かされ、歌われた軍歌に、<天に代わりて不義を打つ/忠勇無双の吾が兵は/歓喜の声に送られて・・・・というのがある。

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このような日本の「教科書」に、朝鮮統治の事実が正しく記載されるはずがない。それを指摘しようものなら、「非国民」「不逞鮮人」とたちどころに叩き殺された。

朝鮮人児童向けの教科書、とくに「歴史教科書」は正気で読めるものではない。その典型は「神功皇后の朝鮮征伐」「豊臣秀吉の朝鮮征伐」「任那日本府」の押し付けであった。植民地教育はもの事をあべこべに教えた。
戦時中(1943年)の『初等科国史』には、秀吉の朝鮮侵略のことを「この戦争を『正義の闘い』とし、軍規も厳しく『博愛精神』に満ちていた」と書き、・・・・

以上『天皇と朝鮮人と総督府』金一勉著(P197~199)より

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