1984年当時黒澤明監督は『乱』が最後の映画だと語っていた。これを知ったフランス人の記者が質問した。「『乱』が完成…

監督の返事を聞いて同行していた記者たちは絶句した! このやり取りを聞いていた日本人は 7月2日の姫路城ロケ以来翌1985年6月1日まで独占取材を許されたビデオカメラマンと私だけだった。 だからこのやり取りはどの黒澤明研究本にも出ていない。 本邦初公開の逸話です。
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『乱』三の城炎上シーンの撮影秘話。予定より早く撮影を終わらせた黒澤明監督。OKをコールした直後に雪が降り始めた。夏…

1984年11月御殿場富士山六合目太郎坊でのオープンセット。 綿密なリハーサルの後、三の城炎上シーンが撮影された。 日本映画史に残る名場面だ。 CGでは出ない本物の迫力。 4億円の工費を掛けたオープンセットを燃やす 失敗は許されない撮影だった。 1984年11月黒澤明監督作品『乱』で最も話題となったのが三の城炎上…
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「神も仏もいないのか!」天を仰ぐ狂阿弥の顔を絶妙のタイミングで太陽光が照らす。自然を味方に、黒澤明の『乱』は神掛か…

1984年9月熊本県阿蘇山砂千里でのロケーション。 たった1度のテイクでラストシーンの撮影はOKとなった。 神を罵る狂阿弥(ピーター)をそれまで暗く曇っていたにもかかわらず、 その瞬間だけ明るい太陽光が照らした。 これぞ奇跡のワンショット! 解説:tokyowebtv河村光彦
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黒澤監督が『乱』地獄絵のシーンで郎党が殺される場面を撮影せずに屍の山に変更したのは何故か?『七人の侍』のエンディン…

1984年11月御殿場太郎坊三の城オープンセットで 地獄絵図の撮影を楽しみにしていた三十騎の俳優たちはガッカリした。 壮絶な死を遂げるはずが、死体の役ばかりで終わったからだ。 多くの観客もこれを残念がったという。 黒澤明監督の真意は何処にあったのか? tokyowebtv河村光彦が解説する。
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黒澤明『乱』ラストシーン撮影秘話。鉄(井川比佐志)が楓の方(原田美枝子)を殺す場面でNGを連発した。黒澤監督は怒鳴…

映画『椿三十郎』ラストの決闘シーンを思い出す血しぶきがここでも登場する。 1発OKしか許されないシーンで要の井川さんが二の足を踏む。 それには1985年1月黒澤フィルムスタジオの深い事情があった。 その真相をtokyowebtv河村光彦が解説します。 take zou 5 時間前 このシーン本当に好き。 …
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セリフが出てこない根津甚八さんにも優しい黒澤明監督1984年大分県飯田高原『乱』合戦シーン撮影現場記録

俳優には怒鳴らない黒澤明監督です。 助監督以外のスタッフにも決して怒鳴りません。 従って井筒監督のように俳優を怒鳴って追い込むというやり方は 間違っていますから真似しないようにしましょう!
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河村光彦解説付き。『乱』の現場で美術を手伝う黒澤監督とメインスタッフ!これが黒澤組のやり方だ。

1984年7月大分県飯田高原ロケーション撮影現場取材記録。 ゴジラの本田猪四郎監督や撮影監督の斎藤孝雄さんやBカメラの上田さん、 『七人の侍』のカメラマンだった中井朝一さんも録音の矢野口さんも 美術を手伝うから驚き!
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