『乱』二ノ城(熊本城)の末の方(宮崎美子)を秀虎(仲代達矢)が訪問する夕景シーンの本番。準備万端でスタートが掛かっ…

1984年7月熊本城ロケ。先にアップした夕景シーン。 助監督をスタンドインさせてリハーサルの後俳優を迎える。 緊迫した本番シーンをご覧ください。 実はこのシーン、助監督の出す切っ掛けで仲代さんが石段を上がってくるが、1テイク目は合図を出すタイミングを助監督がミスをした。 慌ててカットを掛ける黒澤監督。 長いシーンだからフィルム…
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『乱』熊本城ロケ初日。鶴丸の城跡に残された焼け跡を実景撮影する。本来美術部の仕事を全員で手伝う様子。笑顔でファイン…

1984年7月。熊本城。劇中の入道雲もこの日撮影された。 『乱』熊本城ロケ初日②秀虎(仲代達矢)と狂阿弥(ピーター)の問答シーンリハーサル。途中自ら演じて指導する黒澤明監督。 言葉が通じなかったソ連映画『デルスウザーラ』の演出から、演じて見せるスタイルになったという。 1984年7月熊本城。 天候がすぐれずリハー…
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『乱』本当のクランクアップはまだ先だが、この日で東宝セット→ロケーション→東宝セット→黒澤フィルムスタジオセット分…

1985年2月7日黒澤フィルムスタジオ。黒澤明監督を囲んで。 『乱』仮のクランクアップでスタッフと黒澤明監督。 軽い打ち上げパーティーの様子② 原田美枝子さん、根津甚八さん、井川比佐志さん、三十騎らの素顔も。 1985年2月7日黒澤フィルムスタジオ。
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『乱』ラストの楓の方の部屋照明を決めてテスト開始。何故か鉄(井川比佐志)のセリフが出なくて前に進まない。忍耐強く待…

1985年2月7日黒澤フィルムスタジオセット撮影最終日②。 ABカメラのポジション。 『乱』楓(原田美枝子)が切られる場面の本テスト~本番OKシーンと黒澤フィルムスタジオクランクアップまで。井川比佐志(鉄)さんを見守る黒澤明監督。 1985年2月7日黒澤フィルムスタジオ最終日。
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『乱』ラストで楓の方(原田美枝子)が鉄(井川比佐志)に切られるシーンのリハーサル。殺陣師久世浩さん指導のもと黒澤明…

1985年2月7日黒澤フィルムスタジオセット撮影。 黒澤監督はCカメラの中井朝一さんにアングルをもっと高くするように指示をする。 Aカメラ(斎藤孝雄さん)のアングルに合わせて鉄の位置と刀の軌道を何度も指導するが、なかなか上手くいかないで苦労する。 『乱』ラストで楓の方(原田美枝子)が鉄(井川比佐志)に切られる場面のリハ…
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『乱』クランクアップ間近の黒澤フィルムスタジオセット撮影。2日目本番までのリハーサルが繰り返される。黒澤監督の笑顔…

1985年2月7日。楓が切られる楓の部屋。 黒澤監督からの注文に原田美枝子さんの声質がどんどん変わる。 時代考証に野村萬斎さんの父、野村万作さんも加わっての撮影。 本番シーンはビデオの回転音がノイズになると指摘され収録を禁じられた。 パナビジョンカメラの回転音の方が大きいのにね・・・。 録音技師の矢野口さんがお亡くなりになって…
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『乱』楓の方(原田美枝子)と次郎(根津甚八)への黒澤明監督の演出は実に優しく丁寧だ。俳優を怒鳴って追い込む映画監督…

1985年2月4日黒澤フィルムスタジオ・一の城楓の方の部屋セット撮影。 次郎軍が陣を強いて三郎軍と対峙した後のシーン。 三郎が狂った父秀虎を引き取るという。 黒澤監督夫人がお亡くなりになった直後に再開されたリハーサル風景。 原田美枝子さんからのコメントです。 私は、『乱』撮影時の自分のところのメイキングが残っている…
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『乱』太郎軍が三の城に入城するシーンのリハーサル。カメラマンが決めた位置でファインダーを覗いて、パンダウンの指示を…

1984年御殿場市富士山太郎坊三の城オープンセット。 地獄絵図の中盤、入城した太郎が銃撃されることで音楽が終わる。 その前、城門を開けて太郎軍が入城するのだが、スモークが多すぎてうまくいかない。 『乱』太郎軍三の城入城本番。 1984年10月御殿場市富士山太郎坊の三の城オープンセット。 ABC三台のカメラのファイン…
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『乱』合戦シーン本番!1000人を超える徒歩組と騎馬隊が走る走る。3台のカメラが3度の突撃をレンズを変えて撮るから…

1984年8月大分県飯田高原での撮影は連日行われた。 本番前に撒かれる埃はスタッフ総出で行われた。 この日はフランス側のプロデューサーシルベルマンも来日し、現場を見学していた。
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『乱』クライマックスの次郎軍敗走シーンの撮影。助監督任せにせずメガホンでエキストラへの演技指導を繰り返す黒澤明監督。

1984年8月大分県飯田高原も猛暑に襲われる中連日合戦シーンが撮影された。 騎馬武者と徒歩武者が混在して走る危険な場面。 ケガ人は出なかった。 黒澤監督の戦術は『影武者』俳優オーディションに始まりました。 四十騎の会と名付けられた俳優の卵たちにエキストラの教育担当をやらせました。 彼らに演技指導すればエキストラに監督の指示が伝…
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『乱』武満徹作曲のテーマ曲が流れる地獄絵図の場面は、3台のカメラを個別に設置して次々に撮影が完了するように段取られ…

1984年10月~御殿場市富士山太郎坊での三の城オープンセットでの撮影が始まった。 その大半は地獄絵図の撮影に費やされた。 三十騎の死にざまを一人ずつ見せる一番の見せどころのはずだったが、秀虎の郎党たちは遺体の役に終始した。
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『乱』の次郎軍騎馬隊は鉄砲に撃たれて、ドドドと落馬する。その撮影手法は『七人の侍』で開発された。以来多くの黒澤映画…

1984年9月大分県飯田高原で撮影された合戦シーンもいよいよクライマックスを迎える。 突撃する次郎軍、迎え撃つ三郎軍との攻防戦。 『影武者』ではバッサリ省略された場面の数々だ。
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『乱』合戦シーン本番!1000人を超える徒歩組と騎馬隊が走る走る。3台のカメラが3度の突撃をレンズを変えて撮るから…

1984年8月大分県飯田高原での撮影は連日行われた。 本番前に撒かれる埃はスタッフ総出で行われた。 この日はフランス側のプロデューサーシルベルマンも来日し、現場を見学していた。 『乱』クライマックスの次郎軍敗走シーンの撮影。 助監督任せにせずメガホンでエキストラへの演技指導を繰り返す黒澤明監督。 1984年8月…
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黒澤明監督作品『乱』で使用されたこの鎧は加藤武さんが着用した物。衣装部ではなく小道具担当が着付けを見せてくれる貴重…

1984年8月の大分県飯田高原で撮影された合戦シーン。 猛暑のさなかこれを着て馬を操りながらの演技だったから俳優陣は大変だった。 この日着用しているのは、当時助監督募集で663人の応募者から見事シナリオ審査で選ばれた研究生3人のうちのお一人。 『乱』照明技師の佐野さんが考案したカラーレフ版。 次郎軍には赤、三郎軍には…
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『乱』で話題になったのが三の城炎上と嵐の荒野。本物の台風を待って撮影されたからだ。黒澤明監督の本物志向にご注目!「…

1984年8月大分県大観峰。 初めに来た台風は風が弱いという事で見送って、次の台風に賭けた。 Aカメラには雨のしずくが付かないように、シャッター速度とシンクロしたワイパーが装備されていた。 寒くて寒くてたまりませんでした。 その中でどっしり構えた黒澤監督。 しっかりリハーサルを繰り返し、演技変更の指示を出す。 ポジション…
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末の方(宮崎美子)と再会する秀虎(仲代達矢)二の城j城主次郎(根津甚八)にも拒否される秀虎の郎党たち。この夕景シー…

1984年7月熊本城で撮影された『乱』夕景シーンはまるで合成のように見事だった。 Cカメラ(中井朝一)が撮影した宮崎美子のクローズアップは本編で使用されなかった。 ※予告編には使用された。 解説:tokyowebtv河村光彦 これが二の城(熊本城)での末の方夕景ロケーション撮影の準備とリハーサル風景だ! 夕景の空は…
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